このページでは、福厳寺で語り継がれてきた伝承と信仰の由来をご紹介します。
一 / 修行と火防の信仰
秋葉三尺坊大権現とは
幼くして修行に入り、比叡山で厳しい行を修めたと伝えられる三尺坊。人々を火難から救う力を得て、各地を巡ったのち、秋葉山に留まったとされます。
不動明王の化身として信仰され、白狐に乗る姿でも知られています。火防の祈りは、暮らしを脅かす火だけでなく、怒りや貪りという「心の火」を見つめる教えにもつながります。

二 / 開山・盛禅和尚の歩み
秋葉山の祈りから、
福厳寺の開山へ。
1434年、秋葉山の麓で子を願う夫婦が百日間の願掛けをし、授かった男児が、のちの盛禅和尚だったと伝わります。

盛禅和尚は霊岳和尚、月泉和尚のもとで学び、さらに比叡山へ。修行の途上で倒れた際、三尺坊が夢に現れ、尾張の宝積寺へ戻って人々を導くよう告げたといいます。
その後、大草城主・西尾道永氏が土地を寄進。盛禅和尚を迎え、福厳寺が創建されました。
三 / 守護の祈りを、今へ
あきば大祭へ続く祈り。
三尺坊を守護神と仰ぐ盛禅和尚は、境内に本殿を設け、秋葉山から勧請しました。命日とされる12月16日に始まった大祭は、現在、参拝しやすい12月の第1土曜日に営まれています。
創建を並外れた力で手伝い、姿を消した旅僧。その人こそ三尺坊だったのではないか、という言い伝えも残ります。

受け継いだ祈りを、
これからの暮らしの支えに。
四 / 信仰を守り伝えるご縁
可睡斎とのご縁
明治の廃仏毀釈の際、ご本尊を守るため、秋葉寺から可睡斎へ移されたと伝わります。
その鍵を福厳寺が預かり、大祭の折に可睡斎へ渡す習慣が、しばらく続いていました。そこにも、信仰を守り伝えてきたお寺同士のご縁がうかがえます。

文章・写真の参照:福厳寺あきば大祭「秋葉三尺坊大権現とは?」
佛心宗 福厳寺 あきば大祭